落語はご存知のように「マクラ」「本題」「オチ」で構成されています。
噺の最後を締めくくり、笑いをともなう結末の部分です。
噺が「落ち着くところ」という言葉から「オチ」と言われる様になったと言われています。
目次
オチの種類
このオチの種類は分類する人によっても違いますが12種類があります。
「考えオチ」 少し考えるとクスリと笑えるオチです。
「逆さオチ」 立場や物ごとがさかさまになるオチです
「仕草オチ」 言葉ではなく仕草がオチになるものです。
「仕込みオチ」 マクラの段階であらかじめ説明をして最後にオチを付けるものです。
「間抜けオチ」 あまりにも間抜けなことがオチになるものです。
「途端オチ」 最後の一言で話の結末がつくオチです。
「とんとんオチ」 とんとんと調子良く話を進めてオチになるものです。
「梯子(はしご)オチ」 ひとつずつ上がってオチになるです。
「ぶっつけオチ」 相手の言う意味を取り違えるオチです。
「まわりオチ」 回り回ってもとにもどるオチです。
「見立てオチ」 意表をつく仕草で演じる見立てるオチです。
「地口オチ」 言葉のダジャレでオチになるものです。
分かりにくいオチもありますが、割合分かりやすい「地口オチ」の噺を説明したいと思います。
三十石
「三十石」という噺はもともと上方噺です。
お伊勢参りを主テーマにし、お伊勢参りを主テーマとして最も長い噺と言われる「東の旅」の中の最後の部分の噺です。
お伊勢参りの最後に京都の伏見の浜から大阪天満の八軒屋の浜まで「三十石船」という夜船で帰る道中の話です。
上方落語でも何人もの演者がこの噺を演じていますが、たぶん桂米朝の演じる「三十石」が最高だと思います。
一方この噺を演じた江戸落語の演者では三遊亭圓生が最高だと思います。
三遊亭円生の「三十石」では通常の江戸落語の手法とは違い、随所に上方風の演出の特徴である鳴り物入りの箇所がたくさんあります。
ただ、オチだけはご本人の古典落語に対する美学を通したのか上方風の「地口落ち」ではなく「考え落ち」になっています。
三遊亭円生はこの噺のマクラでも「自分は地口落ちはやりませんから安心してください。」と断って噺を始めます。
上方風のオチでは「権兵衛こんにゃく船頭が利」というもです。
これは「権兵衛こんにゃくしんどがり」という関西のことわざがベースになっています。
このことわざの意味は、しんどがりというのはしんどい(疲れる)ということで「骨折り損のくたびれもうけ」ということです。
この三十石の噺では、こんにゃく屋の権兵衛という男が三十石の船中で船客の財布を盗んだところ、船長の機転で結局は捕まってしまうというものです。
このことわざをもじったのは、権兵衛は金を盗んだがつかまってしまったのでくたびれもうけだったが、船頭はお礼をもらって利を得たからです。
しんどがりの部分を「船頭が利」としたものです。
円生はさすがにこの「地口(ダジャレ)」のオチを嫌がったのでしょうね。
火焔太鼓
江戸落語でも「地口落ち」はあるようで、古今亭志ん生の演じて有名な噺の「火焔太鼓」の落ちです。
あまりぱっとしない古道具屋のおやじが「市」で売れ残っていた古くて汚い太鼓を仕入れてきました。
おかみさんにそんなに汚い太鼓が売れるわけがないと酷評されました。
ところが汚いだけの太鼓だと思われた太鼓が、実は「火焔太鼓」というとんでもない太鼓で、ある大名に高く買ってもらって大もうけしたという噺です。
これで頭に乗ったおやじが今度は半鐘を買おうとしますが、おかみさんに「おじゃんになる」からやめろと言われるのが噺のオチです。
鐘の音である「ジャン」と「おじゃんになる(ダメになる)」のダジャレによるオチです。
三方一両損
この噺は、名奉行の大岡越前守の名裁きと言われる「大岡裁き」を扱ったものです。
三両を拾った男が正直に落とし主に届けたが、落とし主は受け取りません。
これを解決するためお奉行所に持ち込んだところ大岡越前守が次のような名裁きを行いました。
奉行がこの三両を一旦預かり自分が一両これに加え四両として、拾い主と落とし主に分け二両ずつ渡したのです。
奉行を含めそれぞれ三者が一両ずつ損をしてまとめたというものです。
事件が一件落着した後大岡越前守が両者にごちそうを振る舞ったところ、この両人があまり勢いよく食べるのをみて少し慌てたそうです。
しかしこの両人は「大岡(多かあ)食わねえ、たった越前(一善)」というダジャレがオチになります。
どの噺もそれぞれ本題も面白いのですが、ダジャレのような「地口落ち」で落ちを付けて「落とし噺」の本領のような終わり方で面白いと思います。
まとめ
分かりにくい落ちもありますが、いろいろな落ちの種類があり、この落ちの部分を注意しながら落語を聞いていくというのも楽しみ方の一つです。
もちろんそれぞれの落語の「マクラ」から「本題」の展開を楽しんでいき、落ちに気づかなかったという楽しみ方もあるのかもしれません。
どうぞ自由に落語を楽しんで下さい。

