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落語の演目でお勧めは

上方落語の「地獄八景亡者の戯れ(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)」の魅力

上方落語には、旅ネタと言われる旅の噺が数多くあります。

旅の噺は続き物が多く、何日にも渡って続き続きで演じられるものですが、ほとんどが奇想天外なばかばかしい噺ばかりです。

実際にある土地に出かけていくという噺では「東の旅」、「西の旅」、「北の旅」、「南の旅」という旅の途中のドタバタやエピソードを紹介しています。

これに対して空想の旅では、「天空の旅」、「海中の旅」、「地獄の旅」がありこれは本当に奇想天外な話が繰り広げられていきます。

この中で特に奇想天外な噺がお勧めする「地獄八景亡者の戯れ」という噺です。

「江戸落語」でも「地獄めぐり」という演題でこの話はあるようですが、話の内容が少し異なっていますし演じられる時間も少し短いという違いがあるようです。

この「地獄八景亡者の戯れ」という噺は、天保年間に刊行された安遊山人作の「はなしの種」という小咄本に出てくるという古い話ですが、途中すたれていったようです。

これを発掘し現在の形にまとめ上げたのは、2015年に亡くなった三代目桂米朝で1960年ごろから高座にかけています。

米朝が亡くなった後も米朝一門の弟子や孫弟子達が演じています。

米朝一門以外にも何人もの演者のものがありますが、特にお勧めするのは桂米朝師自身の演じるこの「地獄八景亡者の戯れ」です。

既に故人となっていますので、今ではCDやユーチューブでしか見たり聞いたりすることができないようです。

この噺はとにかく長い話で、その上話の中身が演じられる場所や時代に応じたものになるためそのときどきで時間が異なります。

私の持っている「特選米朝落語全集」では、1990年に京都で演じられたものですが全編で約70分間となっています。

この噺の舞台が地獄ですから噺の展開が奇想天外なのは当然のことですが、他の落語と異なっているのは主役(話の登場人物)が途中で次から次へと入れ替わってしまうことです。

前半では、最初は古くなったサバを食べて地獄に行った「喜六」という人物の話ですが、すぐに三途の川のあたりからはみんなで心中した「若旦那と太鼓持、芸者衆」が登場してきます。

その後は、登場人物が次々入れ替わり、名前のわからない人物の地獄での行動の話になります。

この「三途の川」から「六道の辻」あたりまでの話では「くすぐり(面白くするしゃれのようなもの)」がふんだんに使われますが、話を演じる時々に合った実際の地名や人物名が使われます。

1990年ごろには「三途の川の渡し船」を、当時花の博覧会で事故のあった「ウォーターライド」に見立てて見たり、「賽の河原」をタレントショップが林立していた嵐山の橋のあたりに見立てていました。

「六道の辻」では、そのメインストリートを「冥土筋(めいどすじ)」と呼び「御堂筋」と勘違いさせて、大阪の人でないとわかりにくい「突き当りは高島屋か南海電車やな」のギャグを入れていました。

極めつけは、「六道の辻」あたりに演芸場があるとして演者の名前を上げるところがあります。

江戸落語の最高峰と言われる「円朝噺」の三遊亭円朝ほかすでに亡くなっている有名な落語家達の看板の横に「桂米朝」の看板があるというのです。

本人がこの話をするぐらいですからオチは、看板の横に「近日来演」と書いてあると笑わせます。

実際に、米朝が鬼籍に入った翌日の公演では、息子の米團治がこの演目の前半を演じて「桂米朝、本日来演」と話の中に登場させたという話もあります。「近日来演」を逆手にとっていますね。

江戸落語の「地獄めぐり」でも、七代目立川談志を登場させていることもあるようです。

さて後半の閻魔庁での閻魔様のお裁きから後は全く違うキャラクターが登場します。

ほとんどの亡者が極楽へ行かせてもらうのに、4人の亡者たちだけが地獄へ送られてしまいます。

この4人の亡者とは、「山伏」「軽業師」「歯抜き師」「医師」ですがそれぞれの特技を生かして、熱湯を水に変えたり、針の山の針を倒したり大暴れします。

閻魔が子の亡者たちを抑え込むために切り札として呼び寄せた大鬼を無力化してしまいます。

困った大鬼が閻魔様に「閻魔大王を飲むしかない」と訴えます。

これは閻魔大王と掛けた「大黄(漢方薬)」を大鬼が飲んで「腹の中」の4人を出してしまいたいというのがこの噺のオチです。

この地獄での話は、面白いことにこの演目を題材にした田島延彦著の「地獄のそうべえ」という絵本があり、地獄の様子を子どもたちにもわかり易く説明されています。

 

まとめ

落語はもともと上方落語が発祥なのですが、昭和30年ごろまでは衰退してしまい、江戸落語に比して軽んじられていました。

昭和40年代に3代目米朝が初めて「地獄八景亡者の戯れ」を東京で演じた時は東京の落語ファンにも驚きを与え、上方落語の復興を印象付けるものであったようです。

このとき、落語、文楽等の評論家であり演芸プロデューサーの安藤鶴夫が「上方にもすごい噺家がいるね。」と絶賛しました。

この「上方落語中興の祖」と言われた桂米朝の「地獄八景亡者の戯れ」は、奇想天外で普通の落語とも違う展開の噺ですが面白い噺なのです。

できれば米朝一門の弟子たちの話ではなくCD等で米朝本人の話を聞いていただきたいものです。