時代により変わった噺
例えば有名な寿限無(じゅげむ)の噺ですが、もともとは長命を願って縁起の良い言葉を全て集めて長い名前を子供につけるという噺です。
ところが縁起のいい名前を付けたはずなのに、川に流たときにこの長い名前のせいで子供を結局助けられなかったというのが噺のオチでした。
「じゅげむ じゅげむ ごこうのすりきれ かいじゃりすいぎょの すいぎょうまつ うんらいまつ ふうらいまつ」
「 くうねるところに すむところ やぶらこうじの ぶらこうじ 」
「ぱいぽ ぱいぽ ぱいぽの しゅーりんがん しゅーりんがんの ぐーりんだい ぐーりんだいの ぽんぽこぴーの ぽんぽこなーの」
「 ちょうきゅうめいの ちょうすけ」というのがこの長い名前で名前でとりあえず平仮名にしてみました。
ありがたい意味や長生きの意味が分かるように漢字混じりの文章にしてみました。
「寿限無、寿限無、五劫(ごこう)のすりきれ、海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)の水行末(すいぎょうまつ)、雲来末(うんらいまつ)、風来末(ふうらいまつ)」
「食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ」
「パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命(ちょうきゅうめい)の長助」となります。
上方落語では、この言葉の意味を物知りの隠居さんが名前を付けてほしいと言ってきた男にひとつずつ教えていきます。
「寿限無」は「寿限り無し、つまり死ぬ時がないということ」という風に説明しています。
「パイポパイポ~」は「昔、唐土(もろこし・ちゅうごく)にパイポという国があり、シューリンガンという王様とグーリンダイという后のあいだに生まれた子どもだといいます。
その名がポンポコピーとポンポコナーというふたりのお姫様で、このふたりが大変長生きをした」というように中国の名前も出してきます。
最後の「長久命の長助」は「天長地久という文字で読んでも書いてもめでたい字で、それをとって長久命、長く助けるという意味で長助もいい」と締めくくります。
頼みに来た男はそんなにめでたい名前であれば全部使うと言い出し、結局この長い名前に決まります。
これからが「じゅげむ」と省略しますが、このじゅげむが仲間と川で遊んでいるときに川に流されてしまいます。
仲間がじゅげむの父親に知らせに来ます。
じゅげむの父は近所のおじさんに助けを頼みますが、この長い名前を何度も繰り返さなければならないため結局手遅れになって助けられなかったという噺です。
あまりに暗い話になるため、今演じられている噺では全く違う落ちを使っています。
長い名前を付けるところとかその説明とかはもともとの噺と同じような展開です。
変わった部分のあらすじは以下の通りです。
新しい噺ではその男の子は、長いありがたい名前のおかげか、病気も怪我もすることなく、すくすくと元気に育ちます。
元気がよすぎてやや乱暴な子になってしまい友達の頭におおきなたんこぶを作ってしまいます。
このたんこぶを作られた子がじゅげむの母親に泣きついてきます。
じゅげむに殴られたことを母親に説明する時にはこの長い名前を言わなければなりません。
これを聞いた母親がこのことをじゅげむの父親に説明をするのですが、やはり長い名前を全て言ったあとたんこぶの件を言うのです。
連絡ゲームではありませんが、この長い名前を何度も繰り返して時間がかかってしまいます。
やっと父親がたんこぶを確認しようとしたところ、すでにたんこぶは引っ込んでしまっています。
父親が「たんこぶはないじゃあないか」と相手の子にいいます。
相手の子どもはじゅげむの名前が長すぎて話しているうちにたんこぶは引っ込んでしまったというのがオチになっています。
このほか戦前の一時期とかGHQ(太平洋戦争後の占領軍総司令部)の占領時等に禁演となったり放送自粛となったのものもあります。
基本的には憲法で表現の自由が認められていますので現在では禁演となるものはないはずです。
目次
禁演落語53演目
太平洋戦争開戦直前の1941年10月に戦時中にふさわしくないとして、噺家達が自ら演じることを禁じた落語のことをいいます。
全部で53演目で主に廓噺が中心で、有名な演目は次のようなものです。
五人回し、品川心中、三枚起請、不動坊、付き馬と言った演目です。
不思議なことに賭博を扱った噺はこの中には入っていません。
なおこの53演目は終戦後の1946年に禁演落語復活祭を開き解除になりました。
自粛禁演落語27演目
こんどは1947年5月にはGHQの指示に基づき民主主義にふさわしくないとして、仇討ものや征服もの等が自粛禁演落語となりました。
演目としては、桃太郎、宿屋の仇討、花見の仇討等があります。
なおこの時に歌舞伎でも忠臣蔵や勧進帳が禁演となりました。
1953年の占領体制の終了とともに自粛禁演は終了しました。
艶笑落語や差別的な表現を伴う噺
憲法の表現の自由の観点からすれば制限はないはずですが、特に放送やホール落語では演じられないこともあるようです。
まあ聞き手が多い場合にはやむを得ないかもしれませんね。
