世界遺産東大寺の大仏さんや奈良公園の鹿そのほかの名所などがよくわかる上方噺「鹿政談」の紹介です。
三代目桂米朝と六代目三遊亭圓生という東西の名人落語家が、詳しく奈良のことを説明してくれます。
この噺の本題は「お裁きもの」で奈良奉行の名裁き(めいさばき)の噺なのですが、「鹿政談」の噺は本題に入る前のマクラの部分が噺の半分くらいを占めています。
このマクラの部分にふんだんに小噺が取り入れられて面白い上に、奈良のことが本当によくわかります。
目次
1.奈良のことがよくわかる落語とは?
「鹿政談」という演目ですが30分程度のそれほど長い噺ではないので是非聞いてください。
殺せば死罪になるという鹿を犬と間違えて殺してしまった豆腐屋のおやじを、奈良奉行が名裁きで命を助けるという噺です。
噺の本題の裁判のやり取りは「鹿を殺した」と訴え出た鹿の守り役を、奉行が「鹿ではなく犬である」と認めさせるところも面白いのです。
「犬か鹿か」と迫られた守り役が「犬―鹿―蝶(花札の猪鹿蝶のもじり)」と苦しんで返答するくすぐりも入っています。
しかし本当に面白いのは噺の半分を占めるマクラの部分で詳しく奈良の名所・名物を紹介していくところです。
その上「鹿政談」に出てくる名所や名物は現在も残っていますので、今でも実際に体験することが可能なんです。
2.マクラで紹介する奈良
マクラの中で米朝も圓生も「三都」といわれる江戸、京、大阪の名物を五七五七七の和歌風に紹介した後に奈良の名物を紹介します。
奈良の名物は「大仏に、鹿の巻筆(しかのまきふで)、霰酒(あられざけ)、春日灯篭(かすがとうろう)、町の早起き」と五七五七七で紹介します。
続いて、大仏・鹿・春日灯篭・町の早起きについて詳しく説明します。
3.脱線:奈良への行き方は?
奈良の詳しい紹介は少し後にして、まず奈良への行き方バーチャル紹介です。
東京方面からはJR東海の新幹線で京都下車後、近鉄京都線経由奈良線の特急で奈良まで行きます。
40年くらい前のプロ野球パリーグでの出来事です。
どちらのチームもなくなってしまいましたが南海ホークス対近鉄バファローズ戦で、同じくなくなってしまった大阪球場での出来事です。
大阪球場は狭い球場だったこともあり、一塁側のホークス応援団と三塁側のバファローズ応援団がよくバックネット裏でぶつかり合っていました。
そのような球場でしたから双方のヤジも相手方によく聞こえるのです。
ホークス側は「こら近鉄!お前とこは優勝してへんやないかっ。」とやじりました。
確かにその頃近鉄は優勝したことがありませんでした。
そこで近鉄側は「何言うとんねん南海!お前とこはエリザベス女王乗せたこと無いやろっ。」と切り返していました。
これは45年前にエリザベス女王の訪日時に「近鉄特急」で京都駅から奈良県を通って伊勢神宮に参拝されたことを受けています。
親会社が鉄道会社のチームだったのでつい脱線しましたがここからまた奈良への行き方に戻ります。
大阪の人はよくご存じなので説明の必要はないかもしれませんが、大阪に見えた旅行者の方への説明です。
大阪ミナミの難波あたりに宿泊の人は、近鉄難波線・奈良線で「近鉄奈良」まで行きます。
大阪キタに宿泊した人は二つ方法があります。
一つ目は地下鉄大阪メトロで難波まで行き、その後先に説明した近鉄を利用する方法です。
二つ目は大阪駅からJR環状線経由関西線で「JR奈良」へ行く方法です。
こちらは乗り換えなしで行けるので便利ですが、大仏殿他の名所へは近鉄の方がかなり近い位置にあります。
4.マクラで紹介する奈良本番
いよいよ奈良に着きましたので詳しく説明していきます。
(1)東大寺の大仏
二人とも最初は大仏の大きさを話題にします。
二人ともお身丈(高さ)は5丈3尺5寸と紹介し、どちらもメートル法ではと言って口ごもります。
この尺貫法での高さの説明は今の人にはわかりにくいと思いますが、約16メートルに当たります。
大仏の大きさを伝え聞いた熊野の鯨が、大仏と背比べに来るというくすぐりも二人同じです。
鯨の方が少しだけ大きいということで、このオチは「カネと鯨で2寸違う」ということなんですがこれも理解できないと思います。
これは物差しの違いの話で、主に背丈を計ったり建築などで大工が使ったりする曲尺と(カネじゃく)、着物などの仕立てにつかう鯨尺(くじらじゃく)の1尺の差のことをオチにしています。
鯨尺の1尺は曲尺の1尺2寸5分に当たりその差を言ったものです。
本当は2寸5分違うが正しいのでしょうが話しの調子で2寸としているのでしょう。
大仏開眼供養の部分は圓生しか使っていません。
聖武天皇の指示で大仏建立に尽力した行基菩薩、東大寺の別当良弁僧正、導師にインド僧の菩提僊那(ぼだいせんな)という名が上がります。
これらの名前はよほど歴史や仏教に興味のある人でないとわからないと思います。
これはオチではなく圓生が東大寺の説明のために敢えて使ったと思われます。
圓生は噺に入る前に、自らが噺の背景をよく理解できなかったのでわざわざ奈良に出かけて奈良のことを調べてきたと言っていますからその研究発表かもしれませんね。
人が大仏の鼻の穴に笠を持って入って落ちたという部分や、大仏の眼の修理に入った子供が鼻から出てきて賢い子どものことを「目から鼻に抜ける」というオチは二人ともくすぐりに使っています。
この噺の大仏の部分では、東大寺や大仏は今でも見ることができ大きさもわかりますから今でも噺の中身が実感できます。
(2)鹿と春日灯籠
鹿はこの噺の重要な部分ですから二人とも丁寧に説明しています。
この噺の時代では鹿の数は100頭内外と言われていますが、奈良公園の鹿は国の天然記念物に指定され現在1200頭くらいと言われています。
もともと春日大社創建の際に祭神である武甕槌命(たけみかづちのみこと)が常陸の国(今の茨城県)から白鹿に乗ってやってきたことから、鹿は春日大社の神の使い(神鹿)として大事にされてきました。
神鹿なので鹿を殺したものは男なら死罪に、女や子どもの場合は鹿の死骸と一緒に石子詰め(生き埋め)にするという重罪に処せられました。
「石子詰め」にされた子どもである三作の墓というのは興福寺の中に今でもあります。
「人の早起き」の習慣はこのような重罪をかぶらないために、早く起きて家の前に鹿が死んでいないかどうか確認する習慣があったと説明しています。
また鹿の数と春日灯篭の数を数えたものは長者になれると言われているが、長者なったものがないという部分は二人とも使っています。
鹿の数がわからないという部分は「鹿はウロウロするのでシカ(鹿)とわからん」と同じオチです。
春日灯籠の数が数えられないことを説明するのは同じです。
米朝だけは灯篭が知らない間に寄進されることがあって、「灯篭数えられんかった。」(とうとう数えられなかった)という地口落ちをくすぐりに使っています。
この「石子詰め」になった三作の墓や生きている鹿も春日灯籠は今でも見ることができますから、この部分も実感できます。
名所の紹介として、有名な三笠山については圓生だけが説明しています。
この山は百人一首に歌われている「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」で有名です。
一般には、三笠山は正月の成人式の時の山焼きで有名な若草山だと言われていますが、圓生は若草山からは月が出ないので、三笠山とは違うと言います。
法山(ほやま)、春日山、花山という高さの違う三つの山が笠のつながっているように見えるのでこの三つの山が三笠山なのだと説明しています。
実際に奈良に行ってみて東大寺、春日大社などを見学する時に山の方角を見て若草山や三笠山を考えてみるのも面白いでしょう。
5.まとめ
この噺は半分以上をマクラにして奈良のことを説明しています。
奈良公園の鹿や三作の墓にしても、東大寺やその大仏、春日大社に灯篭、三笠山にしても今でも見ることができますからこの噺の背景を実感することができます。
近鉄奈良駅から東大寺までは歩いて約20分、東大寺から春日大社までも約20分、奈良公園はその途中にあります。
JR奈良駅から近鉄奈良駅までは歩いて余分にほぼ10分かかります。
いずれにしても手軽に行けますのでこの噺をきっかけにぜひ奈良を見物してください。
