東京の落語界には現在は江戸落語の落語協会、落語芸術協会、円楽一門会、落語立川流の4団体があり、大阪の上方落語協会を含めて5団体があります。
東京の4団体は、運用方法の差はあるがいずれも真打制度を導入しています。
上方落語協会は、「真打制度」はとっていませんが、非公開とされる「香盤表」で落語家の序列や劇場での演じる順等を決めています。
この「真打制度」では「前座見習い」「前座」「二つ目」「真打」の4階級がありますが、それぞれの意味や役割等を次に説明していきます。
目次
落語家の前座見習いとは
弟子入りを志願した師匠から入門の許可を得た落語家の卵で前座見習いと呼ばれます。。
まだこの時点では、落語家になると原則として所属しなければならない「協会」等の団体に登録されないので、楽屋には入れません。
前座見習いの仕事は、師匠(あるいは兄弟子)に付いて仕事先へのかばん持ちや師匠の家の雑用などになります。
そして大事なことは前座になるための修業(落語の稽古、着物の着方やたたみ方、鳴り物の稽古など)です。
これらがある程度できるようになると、師匠から許可が出て「協会」に登録され、晴れて楽屋入りのできる前座となります。
この前座見習いの期間は師匠によってまちまちです。
落語家の前座とは
仏教における前座(まえざ)説教が語源と言われています。
前座見習いの時からやっている前述の師匠宅の家事・雑用の他に、寄席での仕事(前座修行)が課せられます。
寄席では、呼び込み太鼓・鳴り物・めくりの出し入れ・色物の道具の用意と回収・マイクのセッティング・茶汲み・着物の管理といったたくさんの雑用をこなします。
寄席で10分間程度の「開口一番」と呼ばれる最初の一席を受持つ場合もあります。
あくまで勉強の為ですから通常は落語家名は番組にも載りませんし、出演料(割という)も貰えません。
番組中も大忙しで鳴り物(出囃子や地囃子や踊りの時の太鼓)も前座の仕事です。
その他楽屋の中では、先輩方にお茶を出したり、師匠方の着替えのお手伝い、ネタ帳をつけたりとたくさんの仕事をこなします。
このように前座と言っても寄席で重要な役割を果たしています。
落語家の二つ目とは
前座と真打の間のランクです。
前座に続いて、二番目に高座に上がるため「二つ目」と呼ばれます。
最近は使われていませんが、かつての上方落語では中座(なかざ)と呼んでいたようです。。
二つ目に昇進して落語家社会の中でようやく一人前とみなされます。
前座とは異なり、自分の労力と時間を全て自分のためにだけ使うことが許されます。
師匠宅の雑用や寄席での裏方仕事もしなくてよくなります。
着物も、前座の時は着流しだったのが紋付を着て、羽織も着られて、袴を着けることもできるようになります。
見た目は一人前の落語家になりますが、毎日楽屋へ来なくてもいいようになる代わりに高座の数も減ります。
そこで自分の責任で高座(仕事)を探さないといけないようになりそのために、噺の稽古(噺の数や技術)にも気を入れないと、たちまちライバルとの差が開いてしまいます。時間が急にできるので、人によっては、だらけてしまうのもこの地位だと思われます。二ツ目を約10年勤めると、いよいよ真打ちになります。付を着ること。
「番組に名前を出す」「自分の名前の入った手ぬぐいを配る」「自分で落語会を開催する」「テレビやラジオや営業などへの売り込みをしたり出演する」というように一人前の落語家として行動できることになります。
しかし現実には寄席の数も限られており、定席への出演機会はかぎられているので大変な努力が必要となります。
落語家の真打とは
真打の語源については語源に関しては諸説ありますが最も有力なのが「芯打ち」が転じて「真打」になったというものです。
これは当時の寄席の照明の全てがロウソクだったため、トリで出演する芸人が最後にロウソクの芯を打った(火を消した)事から転じてそう呼ばれるようになったということです。
落語家の階級の中で最終的な階級が「真打」です。
敬称である「師匠」と呼ばれるようになり、寄席興行の主任(トリ/最終演者)を務めます。
真打に昇進する際には必ずお披露目の特別興行を開催する慣わしになっており、ここで口上を述べることによって真打に昇進したと認められます。
また真打になると弟子をとることが許されます。
ただし1980年代半ば以降は「落語協会」「落語芸術協会」に所属する半数以上が真打となり、真打制度自体が形骸化しているとの見方もあります。
正式な階級ではありませんが、「真打」の中でも大看板である人を「大真打」ということがあります。
真打制度によって落語会には先に説明した4つの階級があり、これによって落語界での仕来たりを覚え、噺の修行を通じて一人前の落語家である「真打」を作り上げることはそれなりに意味があることだと思います。
しかし、現実には落語家の60%以上が真打であり本当に真打の価値のある落語家ばかりかという疑問があります。
また、落語の本場である東京でも4か所しか落語の定席がなく噺をすることのできない真打が多いというのも問題です。
浄瑠璃や歌舞伎と比べると芸能としては低く見られがちです。
しかし、江戸落語で柳家小さん、その弟子である小三治そして上方落語の桂米朝が人間国宝になるなど古典芸能として評価を得てきています。
難しい問題は山積していますが、「真打」の皆さんは「大真打」を目指し精進し落語の発展に努めてもらいたいものです。